正社員辞めてみた

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新卒2年で会社を辞めた話

旧)自分の人生に、自分で責任を持つ【新卒2年で会社を辞めた話 8】

2016/06/26

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新卒2年で会社を辞めた話 8。

つい最近、自営業の方とお話ししていて、個人事業主の開業届出には費用が掛からないことを知った。「ペラの紙1枚出すだけで、一瞬で終わる」らしい。20万円くらい必要なんだろうと、勝手に、思い込んでいた。

 

そういうわけで、年が明けたら、即行、私も個人事業主になることを決めた。

辞めてから、わりと色々やってみたけど、周りから口出しされるのが面倒で、常に、友人には「ニートしてるよ^^」と言ってきた。しつこく詮索されても、「家でだらだらしたり〜、洗濯したり〜、たまにカフェでぼーっとしたり〜」と、言い続けてきた。

でも、2016年、私は、ついにニートを卒業する。これからは、何か聞かれたら、「自営業してます(キリッ)」でいける。色々なところで職業を記入したり、人生で初めての職質をされて「無職です。」と答えたダメージも、これでチャラだ!!肩書き『代表』で、名刺も作って、配りまくる!!ニートはクズだと馬鹿にしてきた人たちを見返してやる〜!!

 

というのは冗談だけど、やりたいことに向けて、全力で進む2016年にしたい。

でも、やっぱり、のんびりするのも好き。

 

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どよんとした内容を中和する、癒しのほっこり画像! 

 

 

前回の話

f:id:hiyorico:20151228040729j:plain今、辞める理由と自信【新卒2年で会社を辞めた話 7】
新卒2年で会社を辞めた話 7。私は、毎日、上司であるマネジャーに怒鳴られていた。たぶん、ここまで怒鳴られた会社員って、世の中にあんまりいないと思う。社内の同期や...

 

運命の退職交渉

「辞めること」について、色々と考えたけど、最終的な決め手は、大好きな先輩方の存在だった。

先輩方のことは、とても尊敬している。本当に、どうしようもないくらいお世話になった。たぶん、これ以上お世話になったら、先輩方に申し訳なくて、辞められなくなる気がした。

 

新年の業務が始まって、相変わらず、私は朝から晩まで働いた。

 

1月末、マネジャーに「退職したい」ことを伝えた。

かなりの気合いが必要だった。日々の忙しさもあり、いざ、伝えようと決めて、毎朝「今日こそ」と思いながら、1週間も過ぎた。このままではダメだと、「話があるので明日お時間ください。」と、メールを入れて、やっと決意を固めることができた。

本当に、辞めることを真剣に考えてから、最終的に決意するまで、なかなか踏ん切りがつかなかった。マネジャーに伝えて、やっと、もう戻れないのだと、心が固まった感じ。

 

とりあえず、退職理由は「他にやりたいことができたから」ということにして、「留学とか・・・」と、濁した。ここまでに挙げたように、色々な理由があるけど、それをひとつひとつ説明するのは面倒だ。

そもそも、決定的な理由はなくて、総合的に考えて、なんとなく「今、辞める」という選択肢が最善だと思えたから、みたいな、ぼんやりとした感じだから、説明のしようがない。突き詰めると、もう、会社で働きたくなかったのかもしれない。

 

この1年間、会社では若手社員がたくさん辞めていた。そのせいがあってか、「若手ってそういうのに悩む時期だからさ」と、何回も、考え直せと言われた。

マネジャーと3回面談して、それから、役員がわざわざ時間を割いてくれて、4回も面談した。私が、顔を合わすたびに、「やっぱり、辞めます。」と言うので、苦笑いだった。

 

辞める覚悟

私が「辞める」と言った瞬間に、手のひら返しじゃないけど、本当に、全てががらりと変わった。

 

マネジャーには、あんなに毎日怒鳴られていたのに、その日から、全く怒鳴られなくなった。怒られても、怒り方が優しい。マネジャーが、普通の上司みたいだ。何も知らない先輩方には、何回も「お前、最近、怒られてないよな。こんなに頑張ってるもんな!笑」と言われた。

役員は、もう、私の希望を何でも叶えてくれそうだった。他部署への異動、マネジャーが嫌なら違うチームや営業所への異動、営業が嫌なら内勤の事務への異動、「何でも良いから、要望を言え」と言われた。

「お前が、営業が嫌だとか、この会社が死ぬほど嫌いだとか、明確な理由があるならわかるけどさ。何が不満なの?」

 

同じ部署の先輩方が、これからも厳しい営業計画をずっと抱えて働くことがわかっているのに、自分だけもっと楽な部署に異動してまで、この会社で働き続けようとは思えなかった。私は、雇われている身である以上は、与えられた仕事を、文句を言わずにやるべきだと思った。きついからとか、向いていないからとかで、他の部署に異動させてくれなんて私が言うのは、ただのわがままのように感じた。

 

周りから見たら、毎晩遅くまで仕事をしていて、一生懸命だという評判で、営業成績も出始めている若手だったから、役員には、辞める理由がよくわからなかったらしい。

 

「やりたいことがあって、いつか辞めるとしても、2年目と3年目じゃ全然違うぞ。いつか辞めるかもしれないなら、その時に辞めればいいだろ。今すぐってのは、短絡的なんじゃないか?」

「辞めることって、お前、自分一人で決めたんじゃないの? 誰かに相談したの? お父さんお母さんには? 誰でもいいから、○○でも、△△でも(先輩女性社員)いいから、相談して、もう一度しっかり考えなさい。」

そう言われても、誰にも相談する気は起きなかった。

今、会社で働いているのは、辞めようと考えたことはあっても、辞めなかった人たちだ。そういう人たちに相談したって、辞めない方が良い、という答えが返ってくるに決まっている。 わかりきっていることを相談したって意味がない、と思った。

 

逆に、私は、転職経験のある人からは、「転職して良かった」という意見しか聞いたことがなかった。

人は、自分の聞きたいことしか聞かないものだ。私は、転職経験のある人の意見を参考にした。

 

退職交渉に1ヶ月もかかったけど、3月に入ると、「辞めること」は決定事項になった。

 

たくさんやった者勝ち

2年目の終わりに、同期全員で研修があった。

 

若手社員がたくさん辞めていることがあってか、『みんなで今の悩みを共有しよう』というワークがあった。同期が発表したことは、『営業計画やコストに対する数字意識が低い』とか、『報連相がうまくいかない』とかだった。まさに、私が、夏の取引先大炎上の頃に悩んでいたことだ。

「みんなが今悩んでいることを、私は、半年も前に、とっくに乗り越えてたんだ。」私はちゃんと成長できていたんだと、やり遂げた気分になった。

 

以前は、同期のサボり話を聞いて、「私はこんなに忙しくて、辛い想いをしているのに」と、悔しかった。自分の状況を、憎んだ。

でも、同期がサボっているうちに、私は、全力で働いた。取引先との面談時間、件数、商品提案やプレゼンをした回数、失敗した回数、働いた時間など、私の方が倍以上多いという自信がある。

 

その研修も、3日目の最終日が16時に終わって、同期はみんなそのまま家に帰った。

私だけ、営業所に戻って、また日付が変わる頃まで働いた。3日間も通常の業務ができなくて、仕事がたっぷり溜まっていたから、私にとっては、営業所に戻ることは当然というか、仕方のないことだったけど。

 

でも、みんなは家に帰る、私は営業所に戻って仕事をする、働いた時間が圧倒的に違うのだから、私の方が実績を出すのは当然だと思った。最終的には、人事からの評価も貰えた。

「めげずに、妥協せずに、たくさん働いた私の勝ちだ。」

自己満足でも、そう思える自信がつくほどに、全力で働いた。私としては、とても、よくやったと思う。

 

頑張ったことは、自分に返ってくる

マネジャーに全く怒鳴られなくなった以外は、私は変わりなく働いた。「辞める」ことは、マネジャーと役員にしか伝えていなかった。

 

4月の辞令発表と同時に、私も、退職することを発表した。 会社の先輩方には、本当に驚かれた。「ええ!? こんなに働いてるのに!?」私が辞めるだなんて、誰も想像していなかったと思う。

 

「俺たちが、もっと余裕があって、面倒を見てやれれば良かったんだけどな。そしたら、辞めずに済んだかもしれないのにな。」

「でも、まあ、こんな部署に配属されて、大変だったよな。辞めちゃうのは残念だけど、仕方ないよな。」

先輩方は、最後まで、そんなことを言ってくれた。

 

でも、会社を辞めることは、私が、自分で決めたことだ。誰のせいでもない。私が、そう決めた。

 

「もうすぐ終わりだね。どんな気持ち? なんか実感ある?」

そう聞かれても、なんの実感もなかった。私はまだ働いているし、担当の取引先があってやるべき仕事がある。辞めた先のことは、本当に、何も考えていなかった。

 

「もう自分に関係無くなるんだから、力抜けばいいのに。俺だったら、もうサボって働かないな。笑」

たしかに、そうなんだけど。私はやっぱり、最後まで、自分がサボることは許せなかった。

 

「そうやって、最後までしっかり働くってことは、あなたが次の会社に入ったときとか、いつか、必ず自分に返ってくると思うよ。頑張ったことは、必ず、自分に返ってくるから。」

そんなことを言って、褒めてくれる先輩もいて、嬉しかった。

 

同期にも、かなり驚かれたけど、こいつはもう解放されるんだ、みたいな、ある種の羨望の目で見られた。

 

終わりを考えずに、最後まで頑張っていたら、なんと3月末に、また、大口の新規取引契約が決まった。私は、その案件がひと段落つくまで、4月末まで延長して働くことになった。

私にとっては、今さら1ヶ月増えたって、何の問題もなかった。「明日にでも辞めたい」と思っていた頃からすると、信じられない。

 

仕事で得たもの

そして、ついに、2015年4月末日、私は会社を辞めた。

 

本当に、最終日まで、変わらず全力で働いた。というか、最後まで通常の業務をしていて、退職準備が間に合わなかった。最終日は残業で日付が変わって、さらに、もう社員ではなくなった5月1日まで出社して、自分のロッカーの片付けをするはめになった。

「退職日の後に出勤してくるなんて、今までに何人も辞めたけど、前代未聞だぞ。笑」先輩方には、たぶん、最後まで不器用だけど、素直でとにかく頑張るやつだ、と思われていたんじゃないかと思う。

 

最後まで仕事をしまくって、残業していたので、辞めた後に、いろんな方が、送別会をしてくださった。同期もそうだけど、40、50代の先輩方が、わざわざ、個別で食事に連れて行ってくれたのが嬉しかった。最後まで、「お前が辞めるなんて、もったいないな。」と言ってくれた。

特に、転職経験のある先輩方は、「まだ、若いんだし。なんでも、好きなことやりなよ。」と、応援してくれた。

 

なぜか、辞めたくせに、取引先との会食にまで呼ばれて、何回か参加した。

12月に決めた新規契約が評価されて、大手の代理店が開く謝恩会に、なんと、私が、会社の代表として招待されることになった。でも、日程が私の退職後で、結局、謝恩会の高級ホテルディナーにはありつけなかった。

せっかく、私の仕事が、やっと評価されたのに、そのときには私はいなくって、タイミング悪いなぁと思った。先輩方にも、「そういう、ついていないところが、いかにもお前らしいな。」と、笑われた。

 

取引先へ、担当交代の挨拶まわりをしたときには、たくさんの方が「え? 辞めちゃうの!? こんなに頑張ってくれてるのに!」と、残念がってくれた。

私の会社の業務に、全く関係の無いことを、「急ぎだから!今すぐやって!」と頼んでくるような難しい人たちもたくさんいて、そのときは、「私がなんで、こんな仕事まで・・・」と憂鬱だった。でも、そういう難しい人ほど、「あのときは本当に助かったよ。ありがとう。」と、私がもう忘れていたようなことにまで、お礼を言ってくれた。

お世辞もあるだろうけど、辞めるときになって、「こんな私でも、ちゃんと、お客様の役に立てていたんだ。」と、嬉しかった。

 

ちなみに、夏から出ていた蕁麻疹は、辞めて1ヶ月くらいで、出なくなった。

ヒールで足の皮膚が割れていたのや、重いバッグが食い込んで両肩が色素沈着していたのは、半年くらいで治った。

体重は、一瞬で増量した。スーツをクリーニングに出して、ずっとクローゼットにしまってあるけど、もう恐ろしくて着れない。

 

結局、すべては将来のプラスになる

本当に、最後まで頑張って良かった。

夏に大炎上した頃、本当にどうしようもなく辛かったけど、きっと、あの頃に辞めていたら、それは「逃げ」だったと思う。

客観的にも大変な状況だったから、辞めていたとしても仕方ない気もするけど、辞めずに踏みとどまれたことで、私は、ひとまわり大きくなれたと思う。あのとき辞めていたら、たぶん、すぐに転職活動をして、次に入った会社でも、同じような不満を抱えていたかもしれない。

 

覚悟を決めて、妥協せずに、全力で仕事に取り組めたことで、自分の限界がわかった。仕事の充実感も感じられたし、営業としての結果も出て、周りの人も評価してくれた。やり遂げたという自信もついた。

そして、自分で、しっかりと考えて、責任を持って、「会社を辞める」ということを、決めることができた。

 

全力で仕事をできるようになってからは、厳しい部署に配属されたことも、マネジャーに毎日怒鳴られることも、全部、ありがたいことだと感じるようになった。

 

もし、他の部署に配属されていたら、私も、同期のようにサボる余裕があったかもしれない。色々と悩んで、深く考えることもなかったと思う。同期と自分の営業成績を比べていたら、同期より良い成績を取ることが目的になってしまって、大口の新規契約は取れなかったと思う。

上司が、1年目の優しいマネジャーのままだったら、たぶん、私は会社を辞めなかった。1年目のマネジャーなら、私が困ったときにも、すぐに助けてくれて、仕事であんなに辛い想いをすることはなかったと思う。だから、「仕事は憂鬱だし、将来、このままで良いのかもわからないけど、辞めるほどでもないしなぁ。」と、なんとなく、もやもやと考えながら、まだ働き続けていたはずだ。

 

私は、現在の、会社を辞めてからの生活がとても幸せだし、将来のことを考えても、ワクワクする。

この会社、部署、マネジャー、先輩、同期、取引先など、全てがあったからこそ、今の私の環境がある。もし、何かが欠けていたら、今の環境も無かったかもしれなくて、だから、辛いことも含めて、全ての経験が、私に必要なものだったと思っている。

 

お世話になった先輩方はもちろんだけど、マネジャーにも、とても感謝している。

 

厳しいマネジャーがいなかったら、私は、絶対に、ここまで仕事をできるようにはならなかった。2年目の終わりにこなしていたレベルの仕事をできるようになるまで、あと1〜2年は掛かっていたはずだ。新規契約を、複数件も決められなかっただろうし、周りから評価されて、気にかけてもらうこともなかったと思う。

あんなに怒鳴られて、鬼だと思ったし、結局、私のためを思ってなのか、パワハラなのかはわからないけど。結果としては、私にとってプラスになった。

 

マネジャーは、私が辞める最後の最後で、「お前は、本当に、誰よりも頑張って働いてたし、結果も出て、良い仕事してたよ。」と、それだけだったけど、初めて褒めてくれた。私は、一度も、マネジャーの前で泣いたことはなかったけど、その最終日にマネジャーが退社してから、女子トイレで少し泣いた。笑

嬉し泣きというよりも、「やっと、本当に、終わったんだ。」という達成感だった。

 

 

辞めてみてから実感したけど、私は、自分が思っていた以上に、いい加減な性格だった。良く言えば、かなり楽観的だ。

「今まで、めっっちゃ頑張ったし。とりあえず、貯金でゆっくりしよう。」と、転職活動はしなかった。本当に、とりあえず、辞めてしまった。

 

会社を辞めてからは、都内の好きなところに引っ越して、会社員時代よりも良い部屋で、好きなだけ、ごろごろだらだらした。国内外へ、何回か、旅行をした。興味のあることを、色々と勉強してみようと思って、何十万円も使った。

そうやって、ずっと、好き放題している。

 

資格試験のために浪人している友人たちが、ニートを自称しているけど、「今の私って、まさに、文字通りのニートになってしまったんだなぁ・・・。」と、なんだか、会社員時代からものすごく遠いところに来てしまったような、よくわからない感慨深さがあった。

 

 

つづく

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