正社員辞めてみた

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新卒2年で会社を辞めた話

旧)大炎上、そして限界【新卒2年で会社を辞めた話 3】

2016/06/24

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新卒2年で会社を辞めた話 3。

会社を辞めたばかりの頃、一緒に飲みに行った友達が、「会社でものすごいミスしちゃって解雇されるかも。彼氏とも別れそうで今週末に話し合いなんだ。もうダメ・・・。」って、半泣きでずーっと話してて、私はそれを聞いてたのね。

途中で、ふと気づいて、「ってか、無職の独り身って私じゃん!!ここにいるじゃん!!こんなんでもちゃんと生きてるんだから大丈夫だよ!!元気出して!!」って捨て身の励ましをして、心の中で泣いたよ、私は。

 

それから半年以上経ったけど、友達は今も、その会社で働いてて彼氏と付き合ってるし、私は今も、無職の独り身。

なかなか、想像するような最悪の自体にまではならないから、気楽に生きればいいんだと、学んだ出来事です・・・。

 

前回の話

f:id:hiyorico:20151225090403j:plain社会人2年目の激務と理不尽さ【新卒2年で会社を辞めた話 2】
新卒2年で会社を辞めた話 2。そういえば、大学4年生のときの忘年会で、超エリートだけど激務なんだろうなって業界に勤めている1個上の先輩が、「『辞めるか、死ぬか、ど...

 

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<15.12.25 追記>どよんとした内容なので、中和のために、癒しのほっこり画像を投入しました! 

 

 

取引先大炎上

6月下旬、イベントシーズンもひと段落つくはずの時期なのに、仕事量は一向に減らず、相変わらず、毎晩23時を過ぎるサビ残が続いていた。

体力的にも精神的にも、かなり疲労感が溜まっていた。

 

空がどんよりとして、雨の降り続く梅雨の頃、私の複数の取引先で、立て続けに大きなトラブルが発生した。

今、私の2年間を振り返ってみても、最悪の大炎上だった。

それぞれの取引先で、毎月数百万円の取引があった。それが打ち切りになったら、営業計画達成どころか、数年間は営業成績ランキング下位の常連さんになることが確定する。本社からも睨まれる。若手でこんなことがあったら、永久に出世ルートから外れるのか、若手だからまだ大目に見てもらえるのかはわからないけど、とにかく、私だけでなくチームの計画にまで影響が出る。

 

50代の大ベテランの先輩に、「俺はずっと営業してるけど、これは自分の取引先で起きたら、30年やってる俺でもきついなぁ。しかも、それが1件だけじゃなくて、5件分だろ? ひとつひとつが、でかい爆弾だな。そんな爆弾が5つも。いやぁ〜、きっついなぁ・・・。」とか言われたことが、すごく印象に残っている。

 

悲しいことに、今回もまた、私のミスではなく、制作側に責任がある製品自体の不良、取引先の社内事情による経営方針の変更、などによるものだった。

さらには、社内で私よりずーっとベテランなはずの、偉い人のミスなんてのもあって、このトラブルが一番厄介で、損害額も大きくなりそうだった。

私が若手で、相手が会社の偉い人だからって、何でも言うことを聞いたり、好き勝手にさせたりしたらいけないんだと、思い知った。部下の責任を取るのが上司の責任だっていうけど、その偉い人は責任を取ってくれなかった。管理職としての自分の評価のために、好き勝手に引っかきまわしておいて、いざ、まずい状況になったら、「現場の担当者が責任を持て!」って。ふざけんな。

 

さらなる激務とストレス

そういうわけで、今までの、イベントや、通常の営業活動とトラブル対応に加えて、複数の大炎上先の謝罪まわり、値下げや別商品の提案、接待などに追われる日々が始まった。

 

ちなみに、偉い人が炎上させた取引先では、毎日夕方の帰宅時間頃に、その会社のビル前で、長いときは2時間くらい出待ちをして、担当の課長さんに頭を下げるという業務が追加された。

運良く、1週間くらいで「担当者のあなたは悪くないから。」ってことで、「偉い人は永久に出禁」という条件付きで、取引の打ち切りを白紙に戻してくれた。

 

製品自体の不良で炎上した取引先には、本当にブチ切れされた。

本社や制作の責任者も一緒に謝罪に行って、大人5人してひたすら怒鳴られた。すごい状況だな、と思った。普段、私がマネジャーに怒鳴られているのが、全然大したことじゃないと思えるくらいのブチ切れだった。

怒鳴られている対象が、私ではなく、制作責任者だったから、「大人がこんなに怒鳴るなんて他に見たことないなぁ・・・。すごい・・・。」なんて他人事のように見ていた。たぶん、自分の責任を感じたら、精神的にきついから、自己防衛的なものだったと思う。

私のミスではないから、直接怒られることはなかったとはいえ、そういう、ものすごく怒鳴る人のところにも毎日通わなくちゃいけないのは、やっぱりストレスだった。

 

7月末の一番ひどい時期には、毎日の電話発着信が100件近くなった。着信があって、要件を聞いている間に、次の着信が来る。少し他のことをしている間に、留守電のメッセージが何件も溜まる。電話対応だけで、営業活動どころではない。

それでも、着信があったということは、また新たなトラブルが発生したということで、対応のために取引先を訪問しなければならない。

 

8月になって、なんとか、すべての取引先で、即契約打ち切りの危機的状況は乗り越えた。でも、大炎上が治まっても、しばらく、完全に火が消えることはない。最悪の事態は、一旦は避けられたけど、いつ再炎上するかわからない。

炎上した取引先に通いつめながら、他社のリサーチをしたり、毎日のように変わっていく状況に合わせて、提案資料を作り変えたりする日々だった。

 

もちろん、大炎上しているので、マネジャーには、さらに厳しく怒鳴られつつだった。

 

ベテラン社員でも一人では手に負えないような大炎上が複数件あって、たくさんの先輩方が、私のことを心配して励ましてくれた。

 

でも、私はもう精一杯だった。完全にパンクした状態だった。

 

「会社辞めたい」

社会人2年目に入って、忙しくなって、たぶん5月の連休頃には「会社辞めようかな」と頭をよぎるようになっていた。

 

『働く 意味』
『仕事 やりがい』
『仕事 辞めたい』

会社の行き帰りの電車内で、休日にベッドに寝転びながら、いつもネットで検索していた。

 

7月には「辞めたい」という気持ちは、かなり強いものになっていた。

 

取引先が大炎上してから、精神的なストレスも格段に増えた。仕事をしている最中は必死だから、取引先や商品やその日のアポのことで精一杯だ。でも、毎朝、毎晩、「辞めたい」という想いが頭を離れない。

夜、「辞めたい」と思いながら、ベッドで目を閉じる。あっという間に朝になって、「辞めたい」と思いながら、会社に向かう。

たまに見る夢は必ず仕事関係で、夢の中でまで、取引先で仕事をしたり、マネジャーに怒鳴られたりするようになった。睡眠時間は減っていて、疲れは溜まっているのに。睡眠第一でどこでも寝れるはずの私が、熟睡できなくなり、夜中に目が覚めるようになった。

 

マネジャーに怒鳴られて、怖いとか理不尽だとか、嫌な気持ちを感じていたことも、もうなくなった。

怒鳴られたら、その瞬間に自分の中に壁をつくるというか、精神を切り離すというか、心を『無』にできるようになった。一瞬で顔の筋肉の力を抜いて、無表情になって、相変わらず「・・・はい。・・・はい。」「申し訳ありませんでした。」と頭を下げる。

自分の感情が入ると精神力を削られるから、事実だけ聞いて、あとは壁をつくって『無』になる。そうすれば、何も感じない。

悲しそうとか、申し訳なさそうな表情も作れるけど、それをやるのは取引先だけで充分。社内でそこまでやる精神力は、もう無い。

 

よく、社畜を蔑むようなたとえ話に、満員電車が出てくるけど、電車の窓に映る自分を見ると、「本当に社畜っぽい顔してるなぁ。」と思った。ついこの前まで女子大生だったはずなのに、なんか老けた。目はクマができて虚ろで、頬がこけて、青白くて「生気がない」って表現がぴったりの顔だった。

そんな私の顔が、もっと長い年数働いて疲れているのであろう、同じく生気のない顔をした方々にまざって、電車の窓に映っていた。

 

周りの先輩方には本当に心配してもらった。

辛くて泣いたりすることは無かったけど、無表情で事務作業をしている様子から、それまでとは違う、やばい雰囲気が出ていたと思う。

マネジャーに毎日怒鳴られていることも、取引先が大炎上していることも、毎晩日付が変わる頃まで仕事をしていることも、社内で話題になっていたみたいだった。先輩方は良い人ばかりで、優しかった。

 

「お前はまだ新人だし、本当は、お前のチームのマネジャーや先輩が、ひとつひとつ教えてやらないといけないんだけどなぁ。そうじゃないと、お前、仕事のやり方なんてわかってないだろ?

でも、今、お前の部署もチームも営業成績が悪くて大変で、みんな教える余裕がないからな・・・。俺が教えてやろうにも、他のチームのことに口出しできないしな・・・。」

私のプロジェクトの状況を知っている、他のチームの先輩方は、よく、そう言ってくれた。

 

状況をよく知らない先輩方にも、「いつも大変そうだけど、たまには早く帰りなよ!」「△△マネジャー、厳しいけど優秀だから、鍛えられてるね!将来の役に立つよ!」とよく励まされた。

 

憂鬱なだけでしかない毎日

友人から「元気?最近も忙しいの?」とLINEが来ても返信しなくなった。

社会人2年目に入ってから、仕事関係の人と顔を合わせるだけで、友人とは誰にも一度も会っていなかった。

 

元々、趣味もない。

しいて言えば、旅行くらいなんだけど、社会人になってからは、1年目の夏に、2泊3日で大阪の友人に会いに行っただけで、あとは一度も東京を出たことさえ無かった。

休みの日にも、まったく出かける気にならない。

 

何をしても楽しくないし、何にも興味がわかない。

 

「ずっと働こう」と思って入社したのに、それが「3年は頑張ろう」になって、すぐに「2年は頑張ろう」になった。

あっという間に、「明日にでも辞めたい」になった。

 

本当に、毎日、「すぐ辞めたい、明日にでも辞めたい」と思っていた。でも、生活のことを考えると、辞めることはできなかった。

「もっと貯金があれば、辞められるのに。」

 

いつしか、毎日、ネットで検索する言葉も変わっていた。

 

『仕事 辛い』

仕事に意味や、やりがいなんて求めていない。

ただ、普通に働いて、普通にお給料を貰えればいいだけ。ワークライフバランスなんていらないから、ただ、ごはんを食べてお風呂につかる時間が欲しい。

 

『死にたい』

べつに、死にたいとか死のうとかいう意思はないし、具体的に自殺の方法を調べたこともない。

死にたいと検索しても、毎回同じ、哲学やカウンセリングのページが表示されるだけで、その記事を詳しく読んでみることもない。ただ、なんとなく、検索していた。検索結果の1ページ目に表示されたページタイトルを、眺めてみるだけ。

 

何を調べても、

「新卒3年以内で辞めることについての〜〜」
「20年間勤めた会社を辞めた私が思う○○」
「辞めるべき?迷ったときに考えたい5つのこと」

なんて、よくある、一般論的なものばかりだった。

何を求めて検索したのかを聞かれても、特に目的は無くて、答えられないんだけど。でも、とりあえず、ネットで調べてみて出てくることは、インパクトのある私の求めているものではなかった。

 

休めなかったお盆休み

辞めることばかり考えていたけど、現実的に生活のことを考えると、辞めるのは無理だ。

「なんとかお盆休みまでの辛抱だ。お盆に1週間休めばリフレッシュできて、また、元気になって働ける。」8月中旬のお盆休みを心のよりどころにして、「あと○日」と数えながら、なんとか毎日会社に行った。

 

しかし、お盆休みが始まる前日の金曜日、また事件が起こってしまった。

今回は、完全に私のミスだった。今思えば、経験を積んでいればしないような新人っぽいミスで、商品の仕様の細かい部分の説明不足だった。まだトラブルにはなっていないけど、もし、お客様が知らずにその操作をしたら、迷惑が掛かってしまう可能性がある。待ちに待ったお盆休み前日の夕方に、そんなことに気づいてしまった。

私は、すぐに、取引先を訪問することに決めた。やっと来たお盆休みに、2日間、出勤することになった。

 

労働組合の協定とかで、お盆に出勤するためには、申請書を出す必要があった。外回りを終えて営業所に戻ってすぐ、営業支援事務の課長にその旨を申し出たら、「はぁ〜? 俺、もう帰ろうとしてたんだけど。もっと早く言えよ!!」と、また怒られた。

事務部の方は、定時ですぐ帰ってしまう。まあ、定時退社って当然のことなんだけども、営業側からすると、ひどい社内格差だ。

「私だって、好きで出勤するわけじゃないのに・・・。」

 

結局、その日も、仕様説明の書面を作成して、いつもどおり23時過ぎた。チームの先輩方が、一緒に残って助けてくださった。

先輩方はいつも私の心配をして助けてくださって、私はいつも迷惑をかけてばかりだ。本当に良い先輩方ばかりでありがたいのと、ひたすら、申し訳ない気持ちだった。

 

お盆休み中は、翌日の土曜日と、月曜日に取引先を訪問した。無事に対応終了できて、そのまま、月曜午後の駅前のカフェで、休み前の分の、残されていた事務作業をした。

 

私のお盆休みも、取引先にとっては関係ないので、毎日電話着信があった。その度に、必要があれば、バソコンを開いて事務処理をする。ずっと家に引きこもっていたので、パソコンを外出先に持ち運ぶ必要はなかったけど。

せっかくの待ちに待ったお盆休みにも、結局、気持ちが仕事から離れなかった。

1週間ずっと、溜まった家事をして、ごろごろだらだらして、たまに仕事をして、全然、気分転換できなかった。

 

ちいさな行動と気づき

お盆休み中、1日だけ、東京駅まで出かけた。少し前に、某転職エージェントに登録していて、初めて、面談を受けに行った。

 

私は、その頃、「辞めたい」ということしか頭になくて、その先のことはまったく考えていなかった。エージェントのお姉さんに、転職先の希望条件を色々と聞かれたけど、次に働きたい業界も職種もなかった。

「今の会社でもう働きたくない」それだけだった。

 

それでも、お姉さんは、私でも応募できる求人票を20社分くらい印刷して見せてくれた。名前も知らない会社がほとんどだったけど、超大手もあった。さらに、オファー年収が今と同じとか、今よりも高いところまであって、驚いた。

私は、まだ新卒1年半だし、転職できる可能性のある企業がこんなにあることが予想外だった。

 

私が就活をした2013年と、その後で、就活の状況もだいぶ変わっているのは知っていたし、実際に私の会社でも、新入社員や内定者の人数は2013年の倍以上に増えていた。

でも、現在の状況が、私の経験と、まさかここまで違うとは思わなかった。本当に景気は良くなっていて、企業は人が足りないんだ、ということを実感した。

 

帰宅して、求人票を見ながら、「就活市場は本当に良くなってるんだ。私のときは、本当に氷河期だったんだなぁ。今のうちに、みんな転職しちゃえば、新卒で入った会社よりも、楽に、もっと良いところに入れるのかも。」なんて思った。

 

 

つづく

 

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